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マリーゴールドと「戦艦陸奥」



マリーゴールド
とっても可愛い。


暑いですね。
今年の夏・・・
東日本は雨が多くて
(特に強く降るような)
西日本は晴れが多い・・
(強烈な猛暑)
西日本は水不足の心配まで出てます。

極端な天気です。


で、今日は・・・

近くの海に沈む「戦艦陸奥」のお話を書こうと思います。

この話は、何十年?か前に私の祖母が

小学生の私に怖いお話をしてあげると言うことで、

夏休みにしてくれた話です。


夏だから・・・


それほど怖い話しではないのですが・・

この手の話しに興味のない方にはお勧めしません。

また・・お話の前半は

佳音様の「気分はAssam-tea 」

桃様の「Cabriole Gold」

のコメント欄に書かせていただいていたものです。

 (勝手してゴメンナサイ)


そして・・お二人のブログのコメント欄でお会いできる

「ゆう」さんの一言から・・

この話しを思い出して、ちゃんと書き残してみることにしました。




「戦艦陸奥」の御霊(みたま)


祖母が何十年か前、小学生の私に話してくれた戦艦陸奥の話

今でも忘れません。






祖母は岩国市の柱島で小学校の教諭をしておりました

陸奥が停泊していた島です

昭和18年6月8日

その日祖母は

陸奥が謎の爆発を起こして多くの犠牲者と共に

沈んで行くのを間近で見ました

本当に、耳に残るとても大きな爆発で

沈没までの時間はとても短かったそうです


多くの島民が見える場所(小高い所)に押し寄せました



当然ですが、その日は大変な日となりました

憲兵が学校や各家を回って・・

「このことは誰にも喋ってはいけない」

と強く言われたそうです

(当時、沈没の事実は軍によって隠されました)



そして、漂流物がいろいろと

上がるわけです・・

いろんなものが・・・

(あってはならないものも含みます)

その日のうちに柱島ではいろんなウワサが飛び交います


事故か、事件か、アメリカからの攻撃を受けたか・・・

当時「特定の国の人」の仕業と言うことを流布する人もいたそうです



で、しばらくこのような張りつめた日は続くのです



それから何日かした暑い夜の事

祖母の住む家は海のそばにありました

夏は風を通すために家を開け広げて寝ます



深夜、海からの風も止まり・・・



遠くから



声が・・・・



聞こえたのです・・・




誰か男の人が呼んでいるようです



「ぉ~ぃ」



「ぉ~ぃ」


祖母は起き出して外を見たそうです


声は海の方から聞こえます

しかし海の方は、暗くて何も見えません


きっと陸奥の犠牲となった人の家族が

深夜、海に船を出して生きていないか探しているのだと思ったそうです

でも、この時期にそのような行動は重罰です

そう思ったものの、なぜか気にならなかったそうです



また床につくと

その声は


ひとりではなく・・・


だんだん大勢の声で聞こえてきたのです


「お~い・・・・」

「お~い・・・・」

「お~い・・・・」

「お~い・・・・」




数十人・・



いや数百人・・



海の方から聞こえてくる男の人達の声


祖母は悲しくて泣きました





気がついたら朝になっていて

いつもの潮の寄せる音がするだけでした



この後同じ事はなかったそうですが



島の中には、この頃に

同じような声を聞いた人が他にもいたそうです

「天皇陛下万歳」と聞いた人

「助けてくれ」と聞いた人

「おーい」と聞いた人




祖母のしてくれた話はここまでです。

その祖母も他界して四半世紀が経ちます


今、私は近くの海で時々釣りをします。

ひとりで夜釣りをしたりもします。


海の風がほほをかすめ

かすかに

人の声が・・


したのかな・・・



65年の歳月が過ぎ

御霊の眠る海

安らかに




  戦艦陸奥

・・・データ・・・・(Wikipedia)

起工 1918年6月1日
進水 1920年5日31日
就役 1921年10月24日
その後 1943年6月8日に爆発、沈没
除籍 1943年9月1日

性能諸元(竣工時)
排水量 基準:32,720トン
全長 215.80m
全幅 28.96m
吃水 9.14m
機関 ロ号艦本式専焼缶15基、同混焼缶6基
艦本式タービン4基4軸 80,000馬力
最大速 26.7ノット
航続距離 5,500海里 / 16ノット
乗員 1,333名


1943年6月8日、広島湾沖(実際には岩国港沖です=keken)柱島泊地にて停泊中の陸奥は、連合艦隊旗艦の長門が修理を終えて柱島泊地に向かっているため、午後1時より旗艦ブイより繋留替えをする予定であった。陸奥の航海科員が錨地変更作業の準備をしていた12時10分ごろ、突然三番砲塔付近から煙が噴きあがった。と、同時に突如爆発を起こし、一瞬のうちに船体は2つに折れ、前部部分はすぐに沈没した。後部部分は艦尾部分を上にして暫く浮いていたが、程なく沈没した。乗員1,474人のうち助かったのは353人であり、死者のほとんどは溺死でなく爆発によるショック死だった。

theme : パパの育児
genre : 育児

コメントの投稿

Secret

すばらしい!!!
これは虎龍さんのブログにトラックバックするしかありません!!
しかし、戦艦陸奥はこのような運命をたどっていたのですね。
除籍とは、響きがとても悲しい・・・
それよりも、霊の声も寂しく悲しく響くのも辛いです。
でも スペック中の乗員1,333名に対し、沈没当時の乗員が1,474人ということは、
現代なら定員オーバーですね。
昔はそんなこと考えもしなかったんでしょうけど・・・

★BY B様
定員オーバーです!
「ゼロ災で行こう!ヨシ!」ってできません。
調べると・・この日は見学で予科練の学生さん達が
たまたま乗船していたそうです。
(なお可哀想です)
そして終戦まで沈没は秘密にされ、
隠すために犠牲者の給与は支給され続けたそうです。

偽装のレベル・・・今と違います。(国ぐるみです)
戦争の怖さは・・戦場だけではありませんね。

虎龍さんのブログにトラックバック・・
どうすればできるのか分かりませ~ん _| ̄|?チラッ

あ~。トラックバックは・・相手のトラックバックのURLをコピーして、自分の記事に貼りつけて公開するの。私もレシピコンテストに参加してできるようになりました(*^_^*)v日々成長してるでしょ♪一昔前の6月8日・・そんなことがあったのですね。この日はお友達の誕生日です。(今は連絡取り合ってませんが)泣けますね。戦争。平和が一番です。うちの亡きおばあちゃんもよく戦時中の話をしてくれました。私の父親が生まれたばかりで、障子に黒紙を貼り夜も電気をつけず気配を消しているのに、泣くので困ったとか。しなくていい苦労いっぱいしてきた祖母です。

生存者がいたんですね。
噂が真実かと思ったけれど、事故?軍の命令?
わたしには測りかねます。
 平和にあぐらをかいています。
有難う御座います。
kekenさんはクレイアートみたいなマリーゴールド、
わたしはうちに咲いた白い花を捧げます。

★ゆみぴい様
ゆみぴいのおばあちゃんも
苦労なさったんですね。
今の社会情勢も良いとは言えないけど
戦争を経験した人達からすれば
比較にならないくらいマシでしょうね。
とにかく明るい社会づくりに貢献したいものです。
(今日はまじめ~)

★桃様
そうそう
あぐらかいちゃってるよね~
東京も祖父母まで遡ると
大変な経験された方多いんじゃないかな
お花・・・ありがと
心で献花しましょう。
・・・黙とう・・・

kekenさん飛躍しすぎ☆まだまだですよ~(^_^;)
1位の人はめっちゃすごいでしょ!!桁が違うよ・・。
アクセス数一日1000が目標なの。まだまだ。後何年かかるか・・・?それまで続けられるか・・!?ガンバレ私!!
でさ~、本ってどんなジャンルになると思う(笑)?あとがきでこの本の感想・・とか書いてくれる~??(笑)帯でも・・(笑)

★ゆみぴい様
1日1000アクセス・・・凄い!!
地道に増やす方法以外にも・・
コツがいくつかあるのかもね・・
でも地道に増やすのが一番!

一応、本の帯に書く事は考えてるよ~
「衝撃の結末!」
「レシピを愛する人全てが泣いた
感動の巨編!」
「日本にもハリポタシリーズ: J・K・ローリング級の女性ライターの登場!!」
みたいな・・・

もっと考えとこっと!
プロフィール

keken884

Author:keken884
子どもが笑ってる。
だから大人も笑える。
息子2人中心の
エピソードです。
(ばかりではないのですが・・)
読む人も
笑ってくれたら幸せ。

知らない間に春休みが終わり!!
ゴウ:小学4年生!
ジュン:小学2年生!

何だがでかくなってるじゃあ~りませんか・・

と・・言いつつ・・・
父はこっそりバラードに生きるのか・・・

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